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横浜地方裁判所 昭和56年(わ)2号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年一二月一六日午前零時四〇分ころ、横浜市中区桜木町一丁目一番地所在の東京急行電鉄株式会社桜木町駅改札口付近において、酔客を介抱する振りをして、電車から降りて同所を歩行中の大河原雅彦に近づき、同人が右肩にかけていたショルダーバックのポケット蓋の止め金をはずし、同ポケット内に手指を差し入れて同人所有の金品を窃取しようとしたが、盗犯警戒警ら中の警察官に発見されて、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

なお、被告人は本件犯行を一貫して否認し、本件犯行があったとされる日時場所にはいたけれども、少し離れたところから、野次馬根性で本件被害者とされる者を見ていたにすぎず、そのショルダーバックには触れていない旨弁解しているが、証人岩尾征夫は、被告人が本件犯行場所で被害者大河原雅彦に向かいあうような状態で近付き、左手の親指か人指し指で本件ショルダーバックのポケット蓋の止め金をはずし、同ポケット内に左手の人指し指と中指を第一関節まで入れた旨供述し、右供述は、同証人が本件犯行を目撃したのは、その犯行状況が容易に確認できる被告人および被害者からわずかに約〇・九メートル離れた位置であったこと、同証人の供述は右目撃の前後の経緯や状況を含めて具体的かつ詳細であり、不自然な点がないこと、同証人はすり犯検挙を多数手がけている経験豊かな刑事であり、当時も、すり犯検挙の目的で職務に従事中の者であったこと、同証人の供述は被害者大河原雅彦の供述とおおむね一致し、矛盾する点がないことなどの本件証拠関係に照らし、十分信用に値するものであるといえるのに対し、被告人は、本件犯行があったとされる場所で、本件被害者とされる大河原雅彦に、一〇センチメートル位の距離まで近寄った際、変に思われるといやなので、それまで半ば抱いていた盗みの気持を抛棄し、すぐに右大河原から離れたと述べたり、第五回公判に至って、被害者が酔払いの振りをしていて、被告人のことを何か特殊な目で見ていた旨供述するに至るなどその弁解は一貫性に欠け、また、連れの人物との関係についての供述にも不自然な点が目立つなどし、前記証人の各供述に対比し、信用することができない。

(累犯の成否について)

被告人は、昭和四五年一〇月三一日横浜地方裁判所で強盗致傷罪により懲役五年に処せられ、昭和五〇年一二月一六日右刑の執行を受け終わったものであり、この事実は被告人に対する前科調書の記載によって明らかであるところ、本件は、判示のとおり昭和五五年一二月一六日に犯されたものであるから、本件がはたして累犯にあたるか否かが問題となる。そこで、以下検討してみると、刑法二四条一項は、受刑・時効期間の初日(起算日)について、計算の簡便かつ受刑者・犯人の利益という見地から、これをつねに全一日として計算する旨規定しており、同項の刑法典における規定位置及び同項の右規定の趣旨からすると、同項は原則として刑法の他の期間計算の規定についても適用ないし準用されると考えるべきが相当である。(なお、同条二項は、放免を行なう日について、特に、刑期終了の日の翌日であることを明示している。)ところで、同法五六条一項は、累犯の要件として、「懲役ニ処セラレタル者『其執行ヲ終リ……タル日ヨリ』五年内ニ更ニ罪ヲ犯シ……」と規定しているのであるから、右五年間の期間については、特に二四条二項のような規定がない限り、被告人の利益という見地から二四条一項の原則通り、刑の執行を終わった日から起算すべきであると解するのが、刑法の趣旨にかなうものと考えられる(同旨大審院大正五年一一月八日判決、大審院刑事判決録二二輯一、七〇五頁)。なるほど、累犯加重の規定が設けられた趣旨は、前に刑の執行を受けたにもかかわらず、五年を経過しない間に、刑罰に含まれる訓戒、警告を無視し、再び犯罪を犯したところに、非難の加重性、社会的危険性が認められるということにあり(大阪高等裁判所昭和五四年八月九日判決、刑事裁判月報一一巻七・八号七七八頁)、また現実に刑の執行を受け終わる、即ち放免される日は刑期終了の日の翌日であるが、しかし、そのことから当然に累犯の要件たる五年の期間の起算について放免の日を基準とする、という解釈が導びかれるということはできず、やはり刑法が総則として規定する期間計算の原則の立法趣旨に照らして前記のように解釈すべきであると考える。そうすると、右解釈に照らせば、本件被告人に対し累犯が成立するための要件である五年の期間は、昭和五五年一二月一五日の経過によって満了していることになるから、その翌日である同年一二月一六日に犯された本件は、累犯にあたらないものといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二四三条、二三五条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野昭一)

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